駄文日記製作所 第三分室

毎日日記に書くことがあるような生活したいよねって 何もなかった日はキーボードの上をネコが歩くことで書かれています

新興宗教の教徒募集!

いつものように居酒屋でアルバイトをしていると、お客さんに「この牛肉がどうやって殺されたか分かりますか?宗教上の理由で食べれるものと食べられないものがある」と言われた。

 

豚肉がダメとかなら聞いたことがあるが屠殺の方法というのは初めて聞いた。私はすぐに別の仕事に移ったためその後どうなったかを知らない。そしてどうなったのかを聞くのを忘れて帰ってしまった。

 

調べてみるとイスラム教ではハラールという概念があるらしく、これはアラビア語で「合法」という意味らしい。ハラールな牛肉とはどういうものかというと、通常肉牛は気絶させてから放血させて殺すらしいのだが、この気絶させるという行為がイスラム教ではダメらしい。気絶させた後に死なすのは自然な死に方ではないからその肉を食べるのは禁止ということみたいだ。厳密には餌であったり他にも項目があるようだ。

 

特に信仰する宗教のない私には「気持ちの問題では?」と思ってしまう。おそらくお店がこれはハラールな牛肉ですと言えば、それを信じわざわざ証明書の類を見せろとまでは言わないだろう。店側がウソをついてしまえばハラールではない牛肉を食べてしまうこともあると思う。

 

まあそれでも自分が決まりを守っていると思えることが大事なのだろう。実際にはハラールではない牛肉を食べてしまっていてもそれを自分がハラールな牛肉と思っていれば問題はないのだろう。やっぱり気持ちの問題である。そもそも宗教自体が気持ちの問題みたいなところはあるような気がする。宗教上の決まりを守ることで自分の心が安定するならそれはいいことである。

 

ベイビーステップというテニスの漫画では主人公の対戦相手がキリスト教か何かの宗教を信仰している人で、ピンチのときには神様を信じることで心を落ち着けることができるという強みがあるという描写があった。なるほど、宗教というと決まり事が多くめんどうなイメージだったが、それはいいところかもしれんなと思わされた。

 

宗教の教えには自分の参考になるようなことも色々書かれているんだろうなとは思う。聖書なんかもどんなことが書かれているのか正直少し気になる。しかし、勝手なイメージだがものすごく分厚いイメージがあるしそもそもそのへんで手に入るのかもわからない。実は文庫本1冊分くらいのボリュームだったりしないのだろうかと思いながらAmazonで上の方に出てきた旧約聖書のページ数を見たところ3735ページあった。

 

なんなら自分で信じる神様を作ってしまえばいいのではないか。そして決まり事を作り自分でそれを守ることで心の安寧を得ることが出来るのならば悪くないかもしれない。とりあえず私の宗教では、ネット記事などに「続きを読むボタン」を配置することを禁ずる。

 

こんな感じで新興宗教って誕生しているのだろうか。

 

 

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