覆水盆にカレーライス

カレーは中辛 布団は羽毛

初対面の女性に曲を捧げられた話

ある日、私は行きつけのダーツバーにいた。まだ19時台ということもあり他の客はおらず、マスターと2人でのんびりとダーツを投げていた。

 

ダーツの実力はマスターに遠く及ばないが、この試合はそれなりにいい勝負になっていた。格上にもそれなりに勝つチャンスがあるところがダーツのいいところだ。

 

「マスター来たでー!」

 

投げようとしていたダーツを落としそうになる程の大声。背後から聞こえてきたその声は、見なくても分かるほどに酔っ払っていた。今が深夜2時かと勘違いしてしまいそうになったが、時計の針はやはり20時前を指している。

 

勢いよく入ってきた女性2人組は、マスターとの会話からどうやら常連らしい。私は初めて会ったが、向こうはよく店に来ていそうな口ぶりだった。

 

昼から飲んでいたという2人は乾杯をした後、カラオケを始めた。とても気持ちよさそうに歌っている。

 

「お兄さんも歌ってよ。」

 

恐れていた言葉だった。というのも、私は歌うのが得意ではないので普段からカラオケに行くこともほとんどなく、歌えるような曲もあんまりない。やんわり断っていたが、あまりにも誘われるので仕方なくマイクを受け取ることに。

 

幸い、曲の趣味が若干被っていたのでそれなりに一緒に歌ったりすることができた。その2人とマスターとの4人で乾杯したお酒も追いついてきて少し楽しくなってくる。こういうときのアルコールはなんとも頼もしい。

 

しばらくして、2人のうちの1人が電話で席を外した。もう1人は虚ろな目でデンモクを操作している。THE酔ってる人の姿である。

 

するとお姉さんは曲を選びながらこんなことをつぶやいた。

 

「じゃあ、お兄さんに捧ぐ…」

 

なんと。曲を捧げてくれるらしい。曲を捧げてもらうなんてもちろん初めてのことである。曲を捧げてもらいたいという人はぜひ一度ダーツバーに足を運んでみてほしい。(言うほどダーツバーにカラオケあるか?)

 

初対面の女性に曲を捧げられてもどうすれば良いのかはよく分からないが、別に困ることはないので素直に受け取っておこう。さあどんな曲を捧げてくれるというのか、聴かせてもらおう。

 

曲の予約が完了し、すぐに曲が始まった。

 

お姉さん「チェンジ!チェンジ!チェンジ!No.39!」

 

『デリヘル呼んだら君が来た』だった。

 

お姉さん「それじゃちょっと息抜きでもしましょうかって感じで〜」

 

捧ぐなそんな曲を。

 

お姉さん「チラシの番号にTEL〜 はいお兄さんも!」

 

振るなそんな曲を、初対面の男に。

 

私「たまたまドンピシャで気に入った娘がいたんで〜」

 

歌えるのかよお前。

 

私「胸の大きい方をChoise〜」

 

Choiseじゃないんだが。

 

 

こうして2人で歌い切ったところで私の初めての曲捧げられイベントは終了した。

 

曲捧げられるときって自分も歌うんだっけ?

 

たぶんあのお姉さん、私に会ったことすら覚えてないだろう。次の日仕事と言っていたがちゃんと行ったのだろうか。社会人というのは自分が思っているよりもすごい生き物なのかもしれない。

 

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